社長の気持ちブログ

2019.06.11

随想 寄稿しました

 公益財団法人高速道路調査会からの依頼で寄稿文を依頼されました。体験談を交え思うままに書いてみました。

キャンピングカーは心の産業

 

一般社団法人日本RV協会理事

くるま旅クラブ株式会社代表取締役 

高橋宣行

時間が惜しいと思った。

夢中で全国から送られてきた衣類を段ボール箱に入れる。仕分けもままならないまま車に詰め込む。

あれから一週間が経とうとしていた。あの未曽有の大震災が起きてから

震災が起きたのを知ったのは大阪のイベント会場、キャンピングカーの展示会準備の最中だった。

ホールに設置された大型スクリーンで津波のシーンが流される。画面に恐ろしい映像が流れても大阪ではまるで他人事のように何事もない時間が過ぎていた。

私も大変なことになったとは思いつつ、どこか遠くの出来事としてとらえていた。そこに1本のSOSが入る、女房の昔の仕事仲間が被災して困っているとのこと、その連絡を機に一気に我が身のこととなる。仲間や同業者に支援品のお願いをする。その力はすごいもので3日もしないうちに山のような支援品が我が家に送られてきた。

私はというと現地の情報収集と運搬手段を考えていた。

あれだけの揺れにもかかわらずなんと震災から6日後には東北自動車道は通行可能とのこと、称賛に値する復旧の速さだ。しかしまだ、緊急自動車のみの通行に限られてはいるが。

私は警察署で支援のための臨時運行許可証をもらい、自前のキャンピングカーに支援品を満載に積み込むと、とるものもとりあえず金曜の夕刻女房とふたり出発した。

目的地は友人宅岩手県の大船渡市 長野市を出発し上信越道から関越道・東関道を抜けて 東北自動車道へ。東北自動車道に合流した途端様相が変わった、トラックや、警察の緊急車両 自衛隊の車両などが車列をなしている。さながら護送船団の様相。その車列の群れに入り、震災の揺れの影響でまだうねりのある高速道路をひた走る。福島県に入ると街の明かりは消えうせ真っ黒な闇が街を覆い隠していた。

その暗闇は北に進むにつれ深くなり太平洋側には明かりらしきものはほとんどない。

車のライトだけを頼りに深夜の高速道路をつき進む、水沢インターを降りるころには空が白み始めた。大船渡に続く397号線にはうっすらと雪が積もっている。

寒い、すごく寒い、震災後の東北の地での第一印象である。

道路沿いのいまだ営業開始のめどが立たないガソリンスタンドには地元ナンバーの車が列をなし、冷え込む早朝にもかかわらずガソリンがないのだろう、エンジンをかけることもできずにじっと待っている。

この寒さの中、被災されている方はどれだけ大変なのかと心が痛む。

友人宅に到着し被災の状況をつぶさに聞いた。美容院を経営している友人の自宅は津波の被害を直撃、すべて流された。かろうじて免れた店舗にも目の前まで海水が押し寄せたという、町はほぼすべて壊滅状態なのだ。支援品を手渡し被災した方にお配りいただけるよう後を託して友人宅を後にした。

それから、被災地の現状を見るために津波の起きた地域に車を進める。すれ違うのは自衛隊の車両ばかり、ご苦労様ですと頭がさがる。

陸前高田から石巻まで、主要道路のあったところはがれきを左右に押し分けかろうじて通行ができるようにはなっているが、それ以外は流された家や押しつぶされた車、見渡す限りまともな姿で残っているものは何もない。

この目で見るまでは感じることのできない感情が湧き上がり文字通り絶句した。言葉が出てこない、かわりに涙があふれ出してきた。

終始無言のまま生涯忘れることのできない夫婦でのドライブとなった。

この災害で亡くなられた方、被災された方々への哀悼の意を込め

 

東北への我々キャンピングカー業界ができる支援が始まる。

RV協会の前会長増田浩一氏(当時は副会長)の指揮のもと全国の心あるキャンピングカービルダーより支援の車両を集め無償で被災地への提供を開始する。

NPO法人キャンパーの飯田氏が開設した支援拠点の「石巻おしかキャンプ場」に車両を集結、被災した方々やボランティア団体の方など様々な用途にキャンピングカーを活用していただくことができた。

キャンピングカーのユーザーたちも被災地でのボランティア活動に奔走する。自前の寝床があるキャンピングカーは災害時には強いのである。

さすが日本、道路の復旧は驚くほど速い。その後も広範囲にわたる被災地に足を運び、「訪れることも支援」との掛け声で車中泊の施設を作り上げる活動を行ってきた。

日本は災害の多い国である。それゆえ備えることが必要となる。

毛細血管さながらに日本は国土の隅々まで道路が続いている。その道のほとんどがきちんと舗装され整備が行き届き、その上今ではいたるところにコンビニエンスストアや立ち寄りの温泉施設がある。

こんな国は世界でもまれだ。私の知る限り唯一といっていいかもしれない。

その恵まれた環境を生かさない手はない。 RVパーク・くるま旅パーク・温泉駐車場での宿泊ができる湯YOUパーク 様々なスタイルの車中泊施設を作るのだ。それにより宿泊施設がない地域にも訪れ滞在することができるようになる。さらに災害時の拠点としても機能する施設を作ることで、平時は観光の拠点としていざというときには機動性に優れたキャンピングカーなどを活用した救援のための拠点をいち早く作り上げることができる。

車中泊施設なら大きな箱ものを必要としない、自然のままの風景と広い敷地があればいい、それはいわゆる過疎地といわれるところにはありあまるほど存在するのではないか。

そこにトイレと電源、そして近くに温泉があれば申し分ない。人々が訪れ交流することにより地域が活性化され様々な経済活動が生まれる。

そんな私たちの活動は継続され、いまでは新しいうねりとなり全国各地に様々なタイプのくるま旅施設ができてきている。

そして車中泊の施設は全国をくるま旅する方たちのオアシスとなっている。

 

道路と温泉そして思いやり。この三つがあればこの国は大丈夫だと思う。

みんなが助け合いつながるための道路、その地に赴き肌と肌で触れ合うことができる温泉、そしてお互いを思いやる気持ち。

日本には国土の大動脈としてつながる高速道路がある、さらにそこから様々な地域を経て人々が暮らす街や素晴らしい景色を見せてくれる場所までつながる道がある、自動車はそこを流れる血液となり末端まで栄養を運び人々の想いを届ける。

自動車で行こう、そして日本を見てみよう。

訪れることそれが地域を豊かにする。旅することで自分自身が豊かになれる。

キャンピングカーで旅行をしていて思うことがある。

日本って素晴らしい。

 

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